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2008年06月28日

折り紙大好き

こどもが、恐竜が大好きなので絵本や図鑑をよく見るようになりました。私はオンナノコでしたし、今までに恐竜に興味を持ったことなどないのでとても新鮮です。また、私達の小さいころよりも学説はちょっと進んでいるようです。以前ではティラノサウルスはゴジラ型でしたが今やジュラシックパークのようなしっぽが浮いたようなかたちであったといわれているし、呼び名が変わった恐竜もあるようでびっくりします。

こどもが喜ぶかなあと思って見つけた月刊雑誌の恐竜を折り紙で折りました。ところがこの「折り紙」っていうのはすごいですね。めちゃくちゃ難しい。解説図をうまく読み取ることと、折り筋をつけておいて机の上でなく空中で折るのが難しい。できたら過程をビデオで再生して欲しいけど。でもできたときはものすごい征服感を味わえます。

折り紙も、伝承的なものから、創作的なものまでいろいろあります。「月刊折り紙」では投稿コーナーがあって、毎月いろいろな新作が掲載されています。いったい脳のどういう部分を使って発想するのか不思議でなりません。

また、指先もおそろしく器用な方なのでしょうか。尊敬してやみません。折り紙は日本独特の文化だといいますが、世界に通用するカミワザだと思います。こどもには折り紙がすこし難しい場合は、切り紙やペーパークラフトもオススメです。インターネットでいろいろなサイトで気軽にできる紙工作のキットをダウンロードすることができます。ぜひ親子で試してみてください。

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2008年06月25日

妊娠線は消える

妊娠線とは、妊娠中におなかの皮が伸びるときに出来てしまう皮膚の亀裂のような筋のことだが、妊娠線は完全には消えない、というのが諸説では定説のようである。ママ向け雑誌・書籍を今までに何冊読んだか。

 「完全には消えません・・・」女性にとって、傷跡が残るということはとても悲しいこと。恐怖のあまり、2回の妊娠では妊娠線予防クリームを2本ずつ使用。だいたい一本目がなくなるころには8ヶ月、9ヶ月と妊娠後期だったりしてちょっと迷うんだけど、背に腹は変えられなくて買ってしまう。ベビーローションや、ホホバオイルなどの植物オイルで代用してしまうという方法もあるとか。

 おかげで、2回の妊娠では線はできずに済んだが、それは子どもがどういう格好で納まっていたのか、お腹がさっぱり大きくならなかったことが理由でもあり、妊娠中は、「回りに気づかれずにトイレで生んじゃうなんて人いるのかと思ったけど、あなた見てると納得だわー」なんて言われたりして。

 それはさておき。寺門琢己の新刊『かわいいお肌BOOK』大和書院によると、妊娠腺は消えるんです。仙骨という部位をあたため、黄体ホルモンを分泌させると肉われ部分に血管が伸びて細胞が再生し、「線がすっかり消える」そう。ここまで「消える」と言い切った書籍はこれまで他に見たことがなく、感激する。他にも二重あごや敏感肌、しわなどの気になるレシピがいっぱい。琢己先生はいつもうれしいことを言ってくれるので、お気に入りで、いろんな知り合いにもオススメの1冊である。

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2008年06月24日

散歩(本気)

2歳半になる子どもの散歩は、こちらも本気になってかなり歩く覚悟で行かなくては体力がありあまってしかたないらしい。今日はベビーカーで2ヶ月の赤ちゃんとともに、歩き遠足をした。

 9時過ぎに家を出て、10時過ぎに目的地の公園に到着。途中、こけて少し鼻血が出る。道端で、青い実を拾う。石を拾う。帽子を脱ぐ。走る。ちょっとくじけて、ジュースを2口飲んで復活する。
 公園では弁当を食べ、遊具で遊ぶ。帰りも「かんけん」・・・探検のこと。しながら家へ。着いてもまだお昼前だ。一日が終わったような疲労感。

昼寝をして、シャワーを浴びる。まだ一日は半分しか終わっていない。学校で言うと、3時間目の休み時間である。
子どもの時間をいっしょに生きてみると、一日はなんと長いのだろう。だらだらと疲れを癒す大人の休日の短さに比べたら。

年とともに時間を、単位で区切って、掴むように乱暴に過ごしてきたのかもしれない。これは家事の時間、自分の遊びの時間、育児の時間、仕事の時間。1時間目、2時間目・・・。そうしていることに自分を納得させている時間。本気ではない時間。そうやっているとやはり、飛ぶような速さで時間は過ぎていくように思える。どうやってすごしても一日は一日であることに代わりはないのに。

 子どもと同じ目線で過ごす、切れ目のない、本気ばっかりの時間の流れ。かなりしんどいが、時々は付き合ってみる価値は、ある。ただし、「時々」に限る。

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2008年06月21日

オトコノコノセカイ

公園で子守しながら夕方、小学生が遊ぶのを見ている。男の子がサッカーをしている。3年生から5年生くらいの子達だ。
 よく見ていると、遊びの中にもはっきりとしたそれぞれの子どもの
ポジションというか、階級がある。サッカーのクラブチームに入っている子、入っていないが能力の高い子、そうでもない子、小さい子
 誰かが「いーれーてー」と参加してくるとそれがはっきり分かる。
「ずるい」「いらん」「だれそれをやるからだれだれをくれ」など、公平さのかけらもない。
 
一方女の子は、仕切る子はいるが、遊びの中では平等で、こまったときも「じゃんけん」や「じゅんばんこ」などのルールがきちんとしている。
男の子のサッカー集団の中に、明らかに小さい子がいた。3年か、下手すると2年かもしれない。だれかの弟なのかもしれない。そんな大きい子達に混じってそれなりにプレイしているので大人からみればたいしたものだと思う。だけど、小さいのでいちばんのみそっかす扱いだ。すばしこいプレーで活躍しそうになると、すぐに大きい子に「ハンドだ」とけん制されてしまう。
けど坊やは悔しさをこらえ、何度もリベンジする。何度か目の「ハンド」で彼はこらえ切れなくなる。「ハンド」どころか、相手からの接触ありで、こけさせられたのだ。

実際以上の激しいリアクションで足を押さえ、大泣きに泣き始める彼。公園には大人も何人かいて、心配そうに見られると、座はしらけ、見方チームが彼にそれらしく近づいて話を聞いている。どうやら彼のチームのほうが圧倒的に弱いチーム編成だったようで、周りに集まった子もちょっと年少の子が多かった。
 「強いチーム」の方の彼らはさーっと散ってしまい、残った2人くらいはそ知らぬ顔で少し離れたところでボールのけりあいをはじめた。

 一人が大きくけったボールはフェンスを越えて公園の隣の家のガレージに入り込んでしまった。蹴った本人が取りにいくのが筋合いだろう。だが、蹴った本人は、わざとらしく、さっきこけたちびの様子を見に行く振りをして立ち去った。そして残った男の子がそのボールをとりに行った。

 女の子的観点から言うと、また、親や教師の立場からすると、それって、こうなんじゃない??と声を張り上げたくなる場面がいくつもある。(実際に張り上げたお母さんがいた。その声はまるで、「女子」のようだった)
 だけど、たいていはそれでもけんかにならないのだ。お互いのポジションを確認しあっているから。暗黙の了解というやつだ。

 よく女の抗争はどろどろしているといわれるけど、それだけでもないような気がする。
 私たちの息子も、こんなオトコノコセカイに送り出していかなくてはならない。お帰り、といって翼を休められる家を用意しなくてはならない。夫もそうなのかもしれない。
 オトコノコにとっては、社会でも学校でも「強いこと」が非常に大切なのだ。
 これって、サル山のようなせつない話だよね。

投稿者 shoishoi : 13:25 | トラックバック

2008年06月19日

保育園とカスミ草(忘れ物の話)

3児以下の子どもを保育園に預けるというのは、なんと小荷物の多いことか。
 一日の持ち物。午前のおやつ、昼食、午後のおやつ3回分のよだれかけと口拭きタオル。コップ。顔・手拭用ループつきタオル。おむつ、オムツカバー(紙パンツでも可)。汚れ物を入れるビニール袋。着替えの上下の洋服。連絡帳に、通園かばん。週の初めと終わりはお昼寝用布団セット。
 ざっとこんなものを毎朝持ち、所定の場所に収める。私は自分が忘れ物の多いほうだったので、子どものためには、かなり気合を入れて前の晩から準備万端、のつもりで用意をする。

 けど忘れるんだなあ、これが。先生は気持ちよく園のものを貸してくれる。
けど、「先生、○○忘れましたっ、すみません!」としょっちゅう言うのも哀しいものがある。この前などは、汚れたオムツを持ち帰るのを忘れ、連休前だというので、先生が近所の方に持たせてくれた。子ども同士はお散歩などでお互いの家を知っているらしいが、昼間働いている親など、その子はおろか、家なんぞ知る由もない。つまりそのお母さんは我が家を、オムツ忘れの家としてインプットしたわけで、まったくもって情けない限りである。

 そんな中、庭で宿根カスミ草が咲いた。背丈が高く、雑草のように揺れている、ピンクの可憐な花だ。いつもお世話になってる保育園に持っていこうと思った。簡単にラッピングをする。小学生のとき、よくこうやって庭のマーガレットなどを新聞紙でくるんで持たされたっけ。先生はすぐに花瓶に花を挿してくれた。それで、はたと気づいた。通園かばんを忘れたのである。

初夏の予感のする陽射しの中、その日は私は、家にかばんを取りに帰った。

投稿者 shoishoi : 13:24 | トラックバック

2008年06月16日

産後の1ヶ月検診

残った仕事や家事ををあわてて片付けていたら、あやうく、産後の1ヶ月検診の時間を忘れそうになる。しかし検診者の中では一番乗りでほっとする。親子ともに異常なしのお墨付きをもらう。私も子宮も戻り、悪露もないので、「お風呂もいいですよ」と言われる。我慢できなくてとっくの昔から入っていたけどね。クーハンやスリングに包まれたほわほわの生後1ヶ月児たち。1ヶ月にしてそれぞれ個性的だ。髪の色や長さ、表情、みんなちがうけど、同じように天使のはねがはえているようなかわいらしさだ。

 同じ検診を受けに来たお母さんで看護婦さんに質問はありませんかと聞かれて、「産後1ヶ月になると、性生活はどうなんでしょう、いいんでしょうか?」と聞いている人がいた。看護婦さんは「気分や体調がよければかまいませんよ」と言っているが、お母さんは「悪露(おろ)もあるし、だめですよねー・・・だめって言ってください!なんか、(だんなが)まちわびてるみたいでー。断る理由を見つけないと、 きょうも、どうだった?って聞かれるとおもうんですよー。」と食い下がってしまいにはけらけら笑っていてすごくかわいい奥さんがいた。魅力的な奥さんで大事にされてそうで、幸せを分けてもらったような気分になる。

その場で居合わせた母たちも大笑い。その話題で盛り上がりかけたんだけど、ミルクの販売促進係りのお姉さんが宣伝にやってきて中断される。空気読めよなあ。
どうでしょう、シャワーも読書も性生活も、産後のひだちが・・・などと制限されるとつい無視したくなる天邪鬼な私です。

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2008年06月13日

乳幼児が対象の定期健診

市の検診へ行く。乳幼児が対象の定期健診だ。成長は、順調。
ほかのベビーと比べても見劣りのしない、りっぱな社長、いや、赤ちゃんだ。
母親への問診で、授乳の回数や離乳食の開始などのほかに
「子育ては楽しいですか」
と聞かれたので、笑顔で「はい」と答えた。ちょっとドキドキする。照れるような困るような質問だなあ・・・保健士さんはシートの「はい」のところに丸をつける。自然に振舞わないとノイローゼか虐待かと思われそう?いや、そうおもうこと自体が自分は怪しいか?などなどの考えが頭をぐるぐるとしてしまう。嘘発見器があったらきっとおかしな動きをするに違いない。

とにかく心の中では「子育て?フツーだよ。そこに子どもがいるからやってんだよー」と思う私。「子育てしてる私素敵、最高!」なんてお母さんいるんだろうか。それは雑誌の表紙のようなイメージでは?子育てを嫌になりはしないけど、面倒なことも汚いことも、思い通りにならないことも、人間修行と思って、かわいい笑顔にだまされて仕方なしにやっているっていうのが実は本音です。トータルすれば、「楽しい」に属するかもというところです。

「子育ては楽しいですか」という質問、「生きていることはすばらしいですか」「女に生まれてよかったですか」そういう質問と同じだと思うんだけど、どうかな。友達とゆっくり話すにはいいフリだけど、問診で3分以内で話す内容ではないよな。やれやれ。保健士さん、いっしょにお茶でもしません?

コラーゲンドリンクでもおごりますよー。取り寄せていて、おアhだつやつやになってきています。


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2008年06月09日

赤ちゃんは芸術品?

赤ちゃんはまるで芸術品のようだ。なぜなら、たいがいの人のこころにうったえ、語りかけるから。
子どもを連れてぶらぶらと外を歩く。
保育園・幼稚園児は興味を示して「あかちゃん!」となぜか目玉をつんつんしようとし、付き添いのお母さんにコラコラとたしなめられる。
中高生(女子)は「かわいー」と、遠慮なしにほっぺや腕をぷにぷに。「髪サラサラ」「目くりくり」「服かわいー」などおもに容姿に注目。
同年代、同世代の人は「たいへんですねー」と世間話。何年、何月生まれか、身長、体重はいくつか、何時間寝るのか、数値比べだ。同じ程度の数値だと安心する。
 世代が少し上になると「このころがいちばんいいのよ」と昔話。中高生になった憎たらしい子どもたちの「あのころ」を思い出しているのか、少し遠い目をしている。
 もっと上になると突然まごの話をはじめる。今は孫の面倒を親に代わってみている人も多いから話が長い。孫自慢だ。
 「かわいいですね」とか言われたらいちおう謙遜はしておくことにしているが、やはり自分の子どもたちというのは、いるだけで死ぬほどかわいい。かわいすぎて死ぬー・・・。と世界の中心で叫びたくなる瞬間が幾度でもある。
 でもこれがずっと続くのは困るような気もする。かーちゃん金くれ。飯くれ。と言われるようになってもいいからこの両手、この体をかーちゃんに戻して欲しい。上の子もオムツが外れ、下の子は離乳食開始。すごろくはひとコマひとコマ、確実に進んでいる。

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2008年06月08日

出産の痛み

出産の痛みについては、高校生くらいのころからか、まるで都市伝説のように女子の間でひそひそと語りささやかれ、聞いていた。
「まるでそれは鼻の穴からスイカがでてくるようなものだ」あるいは「男には耐えられず死んでしまうような激痛だ」等等。その前評判のおかげで出産をためらう人もいて、恐怖やショックを本当に回避したい事情の人は医療技術による無痛分娩を選択するというケースもあると聞く。
自分の初産の時にはあまりそういうネガティブな情報は耳に入れないことにしているつもりだったが、やはりどこまで強くなるか計り知れない陣痛の強さには驚き、「ああ、もういい、ごめんなさい」などとわけの分らない心の叫びを上げていたように記憶している。
いよいよという時に巻き付ける腹ベルト状の、陣痛計というものがある。機械で赤ちゃんの心音と陣痛の強さを計測するものだが、陣痛の強さはなんと読むのかUAという数値で表される。UAが大きく、強く波打たないといい陣痛とはいわない。自分にとっては人生最高潮に痛いのに「微弱な」陣痛だと冷酷にも判定してしまうクールなマシンだ。本当に、人間は恐怖や感覚という、感情に左右されてしまうちっぽけな存在なのだなあと感じる。
結論から言うと、その痛みは結局終えてみるとなんということはないのだ。脳内からは(きっと)麻酔物質がドンドン出てきており、赤ん坊を抱いたとたんに痛みと幸福がチャラになる。2度目、3度目の出産になってくると痛いのか快感なのか区別が付かなくなってくる。無駄な知識におののくよりも、内側からの感覚をオープンにして臨むことが楽しいお産の秘訣である。

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2008年06月03日

せつない回収

朝6時半。保育園に提出する尿と検便とぎょう虫の検体をとるのに慌てる。おしっこははじめはごねて、でも結局はコップの中に勢いよくあふれるほどに回収。おしりのセロファンもぼーっとテレビを見ている間に回収。
 問題はうんちだ。昨日から出ていない。朝のNHK教育番組3本見てもまだ催さない。気配がないので仕方なく登園し、明日の予備日に持っていくことを先生に知らせる。
 トイレに備え付けの回収袋を見ると、クラスの5人中、うんちを回収できたのは1人だけだった。貴重な回収者、あゆちゃんのお母さんによると、あゆちゃんは3日に一回しかうんちをしないので、きのうからヨーグルトを飲ませるなどの努力をされて、めでたく今朝に至ったらしい。やはりそれほどの気合がいるのだなあ。感心してしまう。
 そういえば、去年の検尿ではとても困った記憶がある。オムツしている赤ちゃんの検尿って、いったいどうするのか。皆目見当がつかない。先生に聞いたところ、こんな方法を教えてくれる。
たたんだガーゼの下に、サランラップをひいてオムツにセット。ぬれたガーゼを絞る。めでたく回収。というわけだ。これって、量的にもちっぽけな検体だし、回収作業としてはとてもせつない。ガーゼについた埃やゴミは大丈夫なのか。いっそのこと自分の・・・いやいやそれだけは止めておこう。
 本日の午後はヨーグルトを買いに出かけます。腸内環境美化につとめよう。お母さんって、子育てって、せつないかも。

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