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2008年07月30日

スローライフ

私の怪しいスローライフ自慢です。

その1 上の子の就寝・お出かけ時の紙おむつをやめたこと。かなり強引に引っぺがしてます。が、この冬で3歳になるし、なければないで、なんとかなりました。いままで失敗した後の後片付けが面倒で、「念のため」に自分のために使っていたということが判明しました。極端な話ですが、戦前までは小さい子どもはオムツやパンツなんてはかずに走り回っているのが普通だったと、江戸時代の風俗考証で言っているのを聞いたことがあります。親も仕事で忙しく、子どもにとっても楽で合理的だったのでしょう。

その2 おしりふきぬれティッシュやめたこと。布オムツでぬぐってます。大きくてしかも気持ちいいみたいです。おしりふき。安いものでも一枚10円から20円するのです。紙類もずいぶん値上がりしましたし、何より環境にやさしいと、大満足に浸ることができます。
 
その3 お鍋でご飯炊くのがマイブームに。難しいものだと思っていたけど、意外に簡単で、短時間で、おいしい。水加減なども、適当に感覚で計ればいいし、途中で様子を見るためになべのふたを開けてはいけない、なんていわれますけど、ちょっとくらい大丈夫です。

なにか、ふっと時間ができてみておちついて考えてみると今まで、なくてはいけないと思ってたものが、別になくてもいいのだと、ちょっと前まではなくて当たり前だったのだという事に気づいたわけです。


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2008年07月28日

食育

スローライフとか、食育とかいいながら、ファーストフードの魔法っていうのはありますね。心根が弱ったとき、ちょっとジャンクな気分になりたいとき。レンジ商品でお昼を済ますとか、子連れでマックたべちゃうとか、ショッピングセンターのフードコートとか。回転寿司、焼肉、その他エトセトラ、エトセトラ・・・
自然食の個人宅配なんて、スローなんだかファーストなんだか、よく分からない食べ物ですよね。

 食べたいなと思ったときに食べたいものがかんたんに食べられることに、怖いような幸せを思います。そしてその魔法のからくりについてもっとよく目を開いていかないといけないなあと思う日々です。どこかで安く生産者を買い叩いて、どこかで運搬者をこき使って、搾取した結果ここにあるものなのではないかと想像すると、そら恐ろしくなったりもします。

世界ではいま食糧の危機が言われています。それは本当のことだろうか?とうすぼんやりしか考えていなかったことが、現実になりつつあります。品薄のバター、高騰し続ける小麦類・・・・原因は環境破壊や、市場への投機マネーの流入などといわれていますが、実際、難しいことは抜きにして、みんなで分け合うべきものを、お金の力で権力で、独り占めにしようとする、小さな、けれども強い私たちの欲が結集してバケモノのようになったものが地球上を支配しているのではないでしょうか。また、しんどいことは一切抜きにしておいしいところをとりたいという楽したいという欲望もまた、そのニーズをだれも責任が負えなくなるくらい膨らみすぎているのかもしれません。自戒するところです。

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2008年07月27日

保育園からのお土産

保育園でこどもが、泥団子を作ってもって帰ってきました。どろをまるめて作った団子に、かれらいうところの「さらすな」 要はさらさらとかんそうした砂で研磨し、丸みを出し、つやを出していくみたいです。私が小さいときにはそんな遊びをしたことがなかったのですがメジャーなちびっこの遊びみたいですね。保育園児はそれを作品展に展示していました。民芸調の座布団にちょこんと泥団子がのせられて、かたちもおおきさもさまざま、ただの球なのにいろいろと個性が現れていていいなあと思いました。

 私、そういうの好きなんです。それで、子どもが光らせられずに持って帰ったお団子を、家事の合間にこすり、ついにぴかぴかに磨き上げました。球を覆う皮膜は案外薄くて、すぐにひびが入ってしまい、何度も補修しました。ところがそのだんごをうっかり落としてしまい、割ってしまいました。子どももちっとも怒らなかったけど、磨いた私は悔しい。

 ですが私には泥団子の土を探している余裕も根気もないので工芸用のがいろ目粘土「やまぶき」が手じかにあったのを、ころころ丸め団子にしました。目が細かいので磨くまでもなく表面はなめらか。これで半がわきのうちに磨き上げれば黄土色のぴかぴかの団子にできるでしょう。ずるい?えへへ。過程もロマンも情操教育も30過ぎた私には必要なく、結果だけが欲しいのです。あとは民芸座布団を作らなく
ては。大中小そろえて3つね。かわいいと思いませんか?

投稿者 shoishoi : 12:36 | トラックバック

2008年07月25日

マタニティ・ブルー

マタニティー・ブルーという穴を知っていますか?出産直後の昨日はハイで寝られなかったのだけど、今日は超ブルーで寝られなかった。いきなり来た穴に自分でもびっくりしながら、今日も長い夜。
 産院は、看護婦さんや、部屋の清掃など、いつでも遠慮なしに人が入ってくる。(当たり前だ)隣のシャワートイレの音やお産が始まったのに長くLDRに入っている人のことまで気になって仕方がない。うつ状態とてもいうような感覚。

 一人目のお産もここ。この辺では有名で、全国紙にも載ったような、ちょっと先進的な産院です。自然分娩主体で、院長はカウンセリングマインドの持ち主です。それは相変わらずでよかったんだけど、入院について言えば、一人目のときは部屋の豪華さや食事の立派さに感動。夫も泊まっていって、楽しさいっぱい、って感じだったんだけど、2度目の入院は、部屋も家のほうが落ち着くぜーとか、食事も塩分とカロリーが高そうで味もそんなになあ・・・。と感動もない。私は、贅沢になったのでしょうか?

 マタニティ・ブルー。一人目のときは産後一ヶ月くらいのときにじわじわきたような。第二子の今は産後翌日。おかしなものだ。きっと、出産時の痛みやショックを和らげるために脳から出ていた麻薬物質がぱーっと引いていってその後遺症なんだな、とそう思えてならない。ドラックなどやったことないがそう断言できる。これは禁断症状に違いない。お産前後はマタニティ・ブルートという、合法的ドラッグに悪酔いしないように注意したいものです。

投稿者 shoishoi : 18:22 | トラックバック

2008年07月23日

産休に入って

産休に入ったのでいままでできなかったことをおもいっきりできるぞー!と喜び勇んでもう2週間目に突入。ここまで、家の中のささやかなこと。整理整頓・庭の手入れ・裁縫をはじめ、読書・インターネットなどやりつつくつろいできた。働いてるときは「ちょっと落ちているごみを拾えないでいる現象」で、「生きてるだけ」だったから。

 子どもを保育園にやりながら勤務をしているときは、まるで浮き足立ったように過ぎていく毎日、毎時間。仕事ぶりは以前に比べて数倍早くなった。段取りがよくなった。予定外のことは起こらないように、日頃から入念に根回しを行い、それでもおこるハプニングにも即効で対処した。回りからは「よくやってるね」と褒められたが、しっかりやっているように「見える」だけで、実は乱暴に義務を果たしているに過ぎなかった。

「いい仕事」は一切していなかったと断言できる。たまに熱心にやろうと思うと、今度はわが子にしわよせが行き、発熱などで倒れる始末だ。まったく使えない自分にあきれはてる。職場では、女性も多いので「それはしかたがない、順番なのだ」と励ましてくれる、「子育てを終えてしまうと仕事しか情熱を向けるものがなくなってしまうからさみしいんだよ」などという話も聞く。

たとえ「ながら仕事」でも、ベストを尽くしてやっていれば罪悪感など感じなくてもよかったのかもしれない。こうやってバタバタしながらも家族健康で生きていられる日々に感謝なのだろう、きっと。


錦糸眼科 

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2008年07月22日

NHKの教育番組「ひとりでできるもん」

NHKの教育番組で「ひとりでできるもん」という子どもが料理する番組があるけど、最近我が家では夕飯時にぐずる2歳男児といっしょにご飯を作ることにしている。

もちろん、ひとりではできないのはあたりまえで、でも、炒め物をしたり、(要観察・要付き添い・危険大)切った食材をボウルやなべに入れたり、酢飯をあおいだり、けっこう使える。なかでもお気に入りの工程は「まぜまぜ」餃子のネタや、あわせ調味料、ケーキのたね。自分がまぜたケーキの焼けたときは「ひょえー」ってよろこんでいた。その様子がなんともかわいらしく、癒されているような親ばかぶりだ。しかし、2歳の男なんて、女の子に比べたら言葉もまだまだ意味不明だし赤ちゃんみたいなんだけど、やればできるもんだ。

 「きょうの料理」のグッチさんの焼きそば作りの再放送。息子は真剣に見ていた。「まぜまぜねー」「おいしーねー」テレビの画面に文字通りかぶりついて研究。役に立つ男になってほしい。キッチンを自在に操る男性なんて魅力的!そう感じます。男性の料理研究家の作るものってがっつりとおいしそうで、結婚して欲しくなりますよね。将来のためにも!

役に立つといえばもうひとつ。長男は私のトイレにまでついてくるが、ペーパーが切れたときにも補充をお願いしたらもってきてくれる。なので補充は低い位置に置くことにしている。これはほんとに助かる。後追いされるかわりに、こちらも利用させてもらいますよ。Give and take。

投稿者 shoishoi : 10:55 | トラックバック

2008年07月20日

出産の想い出

陣痛とともに、朝早く目覚めた。あわてて入院グッズをそろえ、
朝ごはんなどを食べて、産院へ。陣痛らしきものがはじまってから3時間以上たっていて痛みも規則的に5分間間隔になってきている。

 痛いのだけど、なぜか、子宮口が開いているなあと思うとよしよし、とうれしい気持ちになる。上の子もいるし、しっかりしないと、という気持ちもあったと思う。上の子は、陣痛のがしには大変な功労者だった。産院でLDRに入ったのが午前11時で、3時半にはベビーが来た。

 途中、助産婦さんが手を突っ込んで子宮口の開きを見たり、赤ちゃんの位置を探ったりしている。さすがに子宮口がどれくらい開いているかなんて私には分からない。だけど、赤ちゃんがお腹の上のほうをかかとでけって下のほうに進もうとしている感じはよく分かった。

からだを半分ひねって向きを変えたり、お腹が変形していくのでよく姿が見えた。いいかげんいきんだところで呼吸を短くしろと指示されたので、これは頭が出かかって、会陰を保護しているに違いないと気づき、今度は、絶対にはさみは入れてほしくない!との一心で、 必死に犬の呼吸に。

ずるん、と赤ちゃんの出たときの爽快さ。胸の上に胎脂いっぱいの赤ちゃんが乗って、このときだけは、周りの人も家族も時計もなんにも見えなかった。おかげで、胎盤もへその緒もさっさと片付けられて、見るのを忘れたのが残念。

二人目は出産が早いとかいうけど、体の順応性もそうだけど、出産を最後までイメージできるというのは大きいでしょうね。雑誌や出産本はとても親切だけど、実感としては分からないし、お産が始まったらそんなこと忘れてしまう。一人目のときはお産がどう進行していくか、不安のなかに置き去り状態に思えました。痛みって、ほんとに人を孤独にさせるよね。立ち会ってくれた夫や子ども、腕利きなスタッフにも感謝です。

投稿者 shoishoi : 11:03 | トラックバック

2008年07月18日

出産後お手伝いに来てくれた母

娘さん、むすめさん、書いてみて改めて、いい響き。牧歌的。
今日をもって、実家から来ている母も帰るのです。一人目の出産のときに来てくれたときもそうだったけど、家事もなーんにもせず、なんの気遣いもなくだらだらと母の娘さんとしてすごした超呑気かつ超貴重な少ない日々というのは、家の風景までちがって見えてくるから不思議。本当に、空気の色まで違う感じなんですって。産後ボケか??

 うちの子どもらは、いまのところ男2人で、成人して子どもができたとして、お嫁にあれこれしてやることもかえって気を使わせるだけに違いない。金と食料をどーんと与えて放っておこう。
 もし、娘が出産なら、母がしてくれたようなことをして、いや、・・・うーん、面倒だ。けどまあ、産後の退屈で体もぱっとしない日々の昼間の、しょうもない話の相手をするくらいならやってあげましょう。
これって結構重要な役割だと思う、話をしても親子なので共感的だし、女だし、必ず味方だという安心。子育て巣作り期の必須パートナーでしょう。里帰り出産人気の秘訣はここにあり、です。
 私の場合は、里から母を呼び、入院中は上の子まで身辺にはべらせるという超わがまま出産でした。おかげで子どもも元気に生まれ、大変にありがたいことです。
 おかあさん、ありがとう。

投稿者 shoishoi : 12:48 | トラックバック

2008年07月15日

赤ちゃん抱きながら

赤ちゃん抱きながらできることって、テレビか、パソコンくらいなんですね。あとは、部屋をうろうろ。考え事。読書。自然とパソコンに向かってる時間も長くて、なぜかぼうやはブラウザを一緒に見てる。

左が頭のほうなので、私は右手が空いていて、右打ちキーボードが早くなった。そのうちブラインドでできるかも。でも両手を一緒に使えないので、ショートカットキーが使えないのが悩みです。

 あと、赤ちゃんに電磁波よくないよね。というか、自分にもあまりよくないかもしれない。だけど、母子二人きりの昼間に、閉じたきりの社会の窓に、ほんの少しの風穴を開けてくれるのが私にとってはパソコンであり、インターネットだった。?にすぐさまいろいろ返答してくれる。リンクの海をたどり、ため息をつく。それで、わたしのしたいことはなんだったんだろう?

3人の出産・子育て中に、拘束されている代わりに、私は座ってできることはすべてやろうと決意し、ホームページを立ち上げ、展覧会を催し、ソフトを3つ習得し、現在はイラストレーターを開業するまでに至った。あのだっこ紐でしばられたような拘束感や焦りがなければ、ここまでは来ていなかったかもしれない。出産・子育て中に、子どもから得たものは大きい。逆に子どもたちに与えたものはどうだっただろう。これから与えられるものはなんだろう。赤ちゃん抱きながら、そんなことを考え続けている。

投稿者 shoishoi : 15:41 | トラックバック

2008年07月14日

買い物は戦闘だ

なるべくなら家に引きこもって絵でも描いていたいけど、食料はなくなるし子どもが退屈するので買い物にも出かける。天気も悪いしと、伸ばし伸ばしにしていたので食材がない。今日はどか買いになるだろう。そのまえに郵便局や市役所に寄る用事もあり、生活雑貨もドラッグストアで買わなければならない。スーパーについたら、抱っこひもを持ってくるのを忘れたので、ベビーカーとショッピングカートをダブルでおすはめになる。まったく・・・。

 カートが重くて小回りがきかず、上の子もちょろちょろして大変に迷惑だ。下の子が泣き出してさらに大迷惑。だんだんと視野が狭くなり、脳みその沸点が上がってくるようだ。イライラも最高潮なそんなとき、おばちゃんとか、周りの人が「赤ちゃん、ああかわいいねえ、」などとにこにこはなしかけてきてくれたりする。立ち止まって世間話でもしたいが、そんな余裕もなく、あいさつもそこそこに買い物を続ける。「なににしようかなー?」と迷っている場合でもない。今の私にとって、買い物とは、瞬発力であり、生活のための戦闘だ。

それでもどうだろう、スーパーに行くだけで買い物が終わるのは幸せなことなのかもしれない。昔のように、八百屋で、魚屋で、と店をはしごすることは大変だろう。もっと昔は、自給自足で農家の仕事に従事しており、もっと大変かもしれない。などと飛躍したことを考えてよしとする。さあて、今夜のおかずは何にしましょうか。

疲れはてて一緒に昼寝をしてしまう。そんな一日。

投稿者 shoishoi : 16:10 | トラックバック

2008年07月12日

夏は暑い!

8月に入ったらとつぜん暑い!午前中に散歩に出かけ、あやうく下のちびちゃんが熱射病になるところでした。今は冷却枕で涼んでいます。もうじき4ヶ月になります。夜は長く、昼も長く眠り、頬をつつくと大爆笑するかわいいよい子です。散歩をしていたら、この暑さのせいか、玄関をぱかっと開いているうちが何件かありました。私も、実家や、前にすんでいたアパートまでは開け放していました。南北に開けた扉から流れる空気は心地よいものです。

最近はこのあたりの住宅街にも泥棒が多くて、バイクでノーヘルのごろつきもいます。なかなかドアを開けておく勇気もでてこないというものです。「夫のいない昼下がりに、子どもと母親惨殺!」なんていう見出しになってしまたら大変です。そういえば近頃はエアコンもあるせいか、窓も閉め切りでご近所からの蚊取り線香の匂いや、生活の騒音も聞こえてこなくなったなあと感じます。そう思うと少しさびしい気もします。

 玄関が開いているうちの一軒に、玄関先で、藍染で染色された朝顔ののれんがひらひらとしている家がありました。お店でもないのにちゃんとのれんかけがしつらえてあります。和風のつくりで、塀に、なんていうんだっけ、穴が開いているような細工のある家。お線香のにおいがしてきて、とてもとても、日本の実家っぽい雰囲気でした。
おみやげもって、お仏壇に手を合わせる、日本の帰省先。お盆には帰省します。待っててね、お父さん、お母さん。

投稿者 shoishoi : 18:19 | トラックバック

2008年07月10日

ディック・ブルーナ展

子どもの大好きなミッフィーちゃんの作者、ディック・ブルーナ展が開催されており、子どもといっしょに見に行く。原画があった。手書きで、ふるえるあのラインが引いてあった。原画なのでほんのときどき、修正液が使ってある。ブルーナさんもまちがうんだ!初期から少しづつかわっていくミッフィーちゃんの表情。ライオンやリスなどの仲間たち。どの子もかわいらしすぎます。色も、こだわりぬいたオレンジにブルーにイエローに。シンプルな中にも突き詰めたデザインへの情熱を感じます。おしゃれなポスター作品も多くありました。

 展示品の中にブルーナさんの画材一式が置いてありました。なんと、どこの画材屋でも売っているスケッチ用紙と、どこの文具店にでも売っている面相筆。私もそれくらい持っているよ、なのに、ああ!
あのラインを引く集中力と、センスだけがどこにも売っていないんだなあ。

 ミッフィーグッズはふとんに、おもちゃに、絵本に・・・・見飽きるくらい見てるから、なんにも感じないかと思ったらそんなことはないです。記念切手から大判のシルクスクリーンに至るまで、どれもこれももっていたくなる、自分のものにしてしまいたくなるすばらしさ。いいものは国境を越えて、時を越えて、みんなの手に送り届けられていくのだなあとひしひしと感じました。子どもそっちのけで母親大興奮!アートなひと時をすごすことが出来ました。

投稿者 shoishoi : 11:29 | トラックバック

2008年07月07日

本屋

最近の本屋は、子どもが読書できるコーナーやオトナも座って読めるベンチコーナーがありますね。信じられないことに喫茶コーナーに買っていない本を持ち込んでいいところもあります。(買ってない本がよごれたらどうしよう、という恐怖で持ち込みがたいですが)とにかく非常にリラックスできます。ほとんど日課と化した本屋タイム。いやいや、たまに買うコトだってあるんですよ。

だっこひもだとあかちゃんの顔で本が見えないので、おんぶにして読みます。短パンとシャツで赤ちゃんおんぶして、2歳の子も連れて、立ち読みというのか座り読みというのか、とにかく本屋が大好きです。
 
ところで子どもの本コーナーは、図書館のような厳格さや監視がないためかだいたい本が読み散らかされて無残な状態にあります。親がうるさくいうか、うるさい店員さんでもいればいいのでしょうがビニールは破られ、注文シートがはみ出し、元に戻したくてもどこにあった本なのかわからなくなっています。そんなことならプレイマットを敷いたコーナーなんかなくしてしまえばいいのにな、と思います。

この傷ついた本たちは返品?それとも処分??ああもったいない。マナーとか、モノを大切にすることよりも、利用しやすい、ウケル店というほうがよいのでしょうか。本当に本が好きなら、そういう光景は見たくないと思うのですがどうでしょうか。立ち読みが多いくせにいろいろと小言を言っている自分もどうかと思いますが。

投稿者 shoishoi : 15:07 | トラックバック

2008年07月06日

となりのトトロ

となりのトトロ。誰でも知ってる名作アニメ。挿入歌も教科書の定番になり、耳にたこができるほど聞いた。学校も、合唱もした。もう感動もないとおもっていた。たまたま子どもが図書館でビデオをかり、また見ることになった。

子どもにとってははじめてのトトロ。横で視聴するカオを観察していると、こちらもとても楽しい。まっくろくろすけのおかしな動きに驚く様子、トトロが地響きのするような声でしゃべるシーンでどっきりする様子。

そして私は猫バスの走るシーンで、涙がこみ上げそうになった。
ストーリーでなくて、猫バスのキャラがとってもナイスだと思った。
楽しくて不思議で、なんだかこんなものが見られてとてもうれしいという珍しい感情。ここは泣くとこではないんだけどね。子どものおかげで初めてネコバスを見たときの感動を、もう一度味わうことができてよかった。それ以来毎日3回以上は放映されるとなりのトトロはほとんどBGM状態。

国際博覧会の「愛・地球博」でさつきとメイの家が復元されて公開されたが半年間の会期中ずっと予約でいっぱいで、多くの人が詰め掛けたという。私など会場の近くに住んでいながら、一度も抽選に当たったことがない。それだけの王道を行く人気の秘密はやっぱりよい作品の魅力なんだなあ、と感心してしまう。トトロに乾杯!!

投稿者 shoishoi : 16:35 | トラックバック

2008年07月05日

風邪をひいた

風邪をひいた子どもたちを病院に連れて行く。今は育児休暇中で保育園にも行っていないし、まあ熱くらい出して病原菌とたたかっていてもいいように思ったのだけど、さすがに0歳児はこじらせて肺炎とかやばそうなので、見てもらいに行く。

肺などには異常なし。流行の風邪。それだけで安心する。そして、案の定抗生物質をどかん、と渡される。保育園に明日も行かねばならないときは、これも宝に見える。けど、ちょっとたちどまってみれば。目やには目やにが出るだけの理由が、鼻水くんにもそれだけの理由があるんだろうと思われてきて、症状を抑えて、代わりに病原菌を殺してあげて、そんなことでいいんか、と思ってみたり・・・幸い病状は落ち着いてきているようなので服薬せずに過ごす。もしかしたらそれでは行った意味がないのかな??

おかげさまで乳幼児は医療費が全額公費負担なので薬の代金も払わなくてよい。だけど、お金の問題だけじゃなくて、薬も貴重な自然の原材料からなっている。飲まない薬はどんどん捨てているけどそれでいいんだろうか?

インフルエンザワクチンも躍起になって予約を入れて打っているけれど、かかってしまうときはかかってしまうし、意味があるのだろうか。風邪なんかにかからない丈夫な体に育つように日々心がけて生きたいのですが、なかなかそうとばかりはいかない内日・・・。

投稿者 shoishoi : 13:54 | トラックバック

2008年07月03日

ワルなやつ

病院の待合室で、ワルなやつを見つけた。2歳くらいのおじょうちゃん。待合中のあらゆる人に、なついて、次の瞬間には嫌われている。かばんを空けて中身を出したり、読んでいた本を投げ飛ばしたり、
突然ちびっこをつきとばしたり。誰にでもついていき、何処へでも飛んでいく。2歳児の耳のピアス、茶髪。遠くで見て見ぬふりのかあちゃん。っていうか、ほんとに見てないようだったので、一発かましてみたけど、効果なし。やさしそうな別のお母さんのところでこんどはいたずら。また別の子を突き飛ばすが、ちかくに母はいない。やさしそうな仮ママが、なぜかあやまっているよ・・・

母ちゃんは妹を連れて大学病院に来ている。1さいくらいだけど、たぶんもっとずっと小さいときに大きな手術をして、そしてこれからもえんえんと、経過観察という、長い心配のトンネルをくぐって行くのだ。見かけ、跡のはっきり分かる顔の傷と、もっとややこしい中身のはなし。大学の先生だから、講義まで加え、説明してくれる。

大学生みたいなのもいっしょにやってきて、写真を撮ったりされる。
予約、待ち時間、入院、エトセトラ、エトセトラ。磨り減るだろう。いやになるだろう。上の子はさみしいだろう。私の下の息子も9時の予約で10時に見てもらえた。ひとつぶ、しんぱいのたねがあるために、半年おきの診察。1時間待ちのわりに、問診と栄養指導のみ。
待ちくたびれても文句も言わない上の子に紙パックのジュースを与えたら、その空き箱を見た先生に、栄養指導チェックを入れられる。
ばかやろう。じゃなくて、すみません。でも半年後は、水筒とお菓子と本でももってきていらいらしなくてすむようにしたいとおもいました。

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